July 9, 2009

馬鹿馬鹿しさ

今日、昼ご飯を食べている時、店のテレビに昼のワイドショーが映っていて、まあなんとなく見ていたのですが、なんとも馬鹿馬鹿しい感じがしてなりませんでした。

ちょうど、マイケル・ジャクソンの資産だの子供の親権だのの話題だったのですが、なんというか、極東の島国に住む日本人が仰々しいパネルを作ってその前で、日本の弁護士のコメントなんかを織り交ぜながら、日本人同士でああだこうだとやっているのを見ていたら、何やってんだか、というめちゃくちゃ冷めた気分に。

たとえばアメリカのワイドショーみたいな番組がこういう話題で盛り上がるなら、なんとなく意味がわかるのですが、日本の番組で騒いだところで何がどうなるのか、と。
百歩譲って、現地の弁護士や直接の関係者などが出演するなら、まだわかるのですが、日本人同士でマイケルの持ってるカネや子供の話を侃々諤々することに、いったいどれほどの意味があるのか、非常に不思議でした。

しかし、マイケルが死んでしまっていてもうこの世にいない、ということが、まだいまいちピンときません。

June 26, 2009

まいける

突然届いたマイケル・ジャクソン死去のニュースには、心底から驚き、「まじ?」という、なんかガックリときた感じになりました。
ちょっと前まで最期のツアーをやるといっていたのに、どうして急に死んじゃうの? と。

自分は小学生の時に「スリラー」の直撃を受けて「スゲーな」という強烈な洗礼を浴びているので、ちゃんと聴いた初めての洋楽がマイケル・ジャクソンといっても過言ではなく、その死は衝撃的すぎます。
自分の中ではやはり、マイケル・ジャクソンの「スリラー」とマドンナの「ライク・ア・ヴァージン」が洋楽の原点で、このふたりは別格です。
実際、ちゃんと聴きだしたのは中学に入ってからだと思うのですが、マイケルもマドンナも「スリラー」と「ライク・ア・ヴァージン」から過去に遡ってLPを集めました。
(当時はまだCDというものがなかったので)
とくにマイケルはかなり遡ったので、実家の押し入れの中には未だにジャクソン5のLPとかあるはずです。
そういえば、その中学の頃に”あの”マイケル・ジャクソンと”あの”ミックジャガーという夢のような組み合わせで「State Of Shock」という曲が出て(名義的にはジャクソンズでも実質的にはマイケル&ミック)、それは確かEPで買って(正確には買ってもらって)、テープに録り、ウォークマンで聴きまくった記憶があります。
この曲は、イントロが流れた瞬間からもうめちゃくちゃガツンとくる感じで、たぶん今聴いてもゾゾゾときそうです。

というか、自分の場合、偉大なアーティストって、エルビスもジョンもカレンも、同じ時代に生きていて被っている時期はあるのだけれど好きになった時には既に死んでいたというパターンなので、こういうリアルタイム感のある大スターの死は初めてで、「死んじゃったか」とぼんやり思ってしまいます。
もっとも、マイケルの場合はジェットコースターのような人生を凄まじいスピード感で駆け抜けながら、精神的に様々な問題を抱え、肉体的にも改造しまくっていたら、心も体も悲鳴を上げまくりだっただろう、とは思いますが。

まあ、直接の知り合いではなく、雲の上の人なので、悲し過ぎて涙が溢れて止まらず何も手に付かない、とかそういうことはないのですが、なんとなく呆然となってしまいました。

June 23, 2009

けーたい

携帯電話って、普段、持っていて当たり前なのでその存在を意識することは少ないのですが、持って出ることを忘れると、途端に不便極まりなくなります。
ある意味では、携帯電話なんて透明の鎖みたいなものなので、手許にないと、それならそれで何かから解き放たれたような清々する感じがあるのですが、その開放感と不便さを秤にかけてみると、やはり不便さが勝ります。

別に一日くらい、写真なんか撮れなくても大勢に影響はないですし、掛かってくる電話に応えられないことも八割くらいはまあどうでもよさそうなのですが、たとえば待ち合わせなどをしていて、場所や時間が微妙な場合に携帯がないともうお手上げです。
公衆電話を使って相手と連絡をとろうと思っても、電話番号などの情報も殆ど携帯電話の中にあって、たとえ手帳を持ち歩いていても書いていないことが多く、そうなると、もうどうしようもありません。

しかも、ちゃんと持ち歩いているときにはとくにアクシデントなんかはなく、持っていても持っていなくてもたいして何も問題はない、という持っていることを意識することすらないことが多いのに、忘れたときに限って手許にないと困る状況に陥って、世の中なかなかうまく回ってくれません。

June 16, 2009

つゆ

全国的に梅雨入りしていると思うのですが、自分的には「梅雨入りすると雨が降らず、梅雨明けすると雨が降る」というイメージがあります。

もちろん、その間の梅雨の最中はじゃんじゃん雨が降るのですが、六月に入ってちょっと雨が降るとじきに「梅雨入りしました」とアナウンスされ、しかしその割にはなかなか次の雨が降らず、それでも、さすがに七月の初め頃になるとジメジメとした鬱陶しい雨の日が続いて「さすがに梅雨だな」と思いながら暮らし、そろそろ子供の夏休みが始まる頃に「梅雨明けしました」とアナウンスされて「さあ夏だ!」と思うと、その出ばなを挫かれるように数日雨が続いて、やがてピーカンの糞暑い夏が来る……そんなパターンが多いような。

それにしても、六月も半ばを過ぎると、とうとう扇風機の登場です。
そして、多分あと一月もしないうちにエアコンがフル稼働。

June 12, 2009

ますきんぐてーぷ

最近というか、ちょっと前から「マスキングテープ」が流行っているらしく、身近な人が使っているのを見て、「セロテープ代わりに、なかなか良さげだな」と思い、自分でも買ってみました。

ただ、自分の中では「マスキングテープ」=「プラモデルとかの塗装で使う」という感覚だったので、その人が持っていたようなオサレ系のものはどこで売られているのかわからず、「そういうのって、どういう店で売ってんの?」と買った店を聞いて行ってきたのですが、まあ男がひとりで入るには少々勇気がいる雑貨店でした。

それでも、なんとか気恥ずかしさに耐えながらパックになっているものを買ったのですが、良い感じで、気に入って使っています。
さすがに女の子のようにノートの表紙に何種類も貼ってデザインしたりとかはやりませんが、セロテープの代わりにピッと千切ってペタッと貼って「おお、いい感じ」とひとりで悦に入っています。

使い方次第では栞や付箋代わりにもなりますし、便利っぽいです。
ただ、ひとつだけ問題があるとしたら、意味もなく、そしてたいして必要もないのに、何種類も欲しくなってしまうことです。

June 5, 2009

えんぴつ

最近、なぜか鉛筆を多用しています。
何を書くにせよ、普段はたいていシャープペンかボールペンで済ますのですが、 たまたま鉛筆にしてみたら、ちょっと気分が変わりました。

ただ、自分はどうやら筆圧がそれほど強くないほうらしく、HBでは薄過ぎて見た目が貧相で、2Bか4Bかどちらかを使っています。
もともとシャープペンの芯も4Bを使ってますし、やはり芯は濃いめというか柔らかいほうが自分に合っている気がします。

しかし、鉛筆って、いざ使おうと思っても、意外に身近にありません。
タダで配られるノベルティなどでも、筆記具であればボールペンのパターンが多そうですし、絵を描く趣味がある人や大工さんなどは別でしょうが、自分には鉛筆を「買った」という記憶すらなく、抽き出しの中などを引っ掻き回した結果、ようやく一本出てきただけでした。
ボールペンやシャープペンや万年筆なら、あれやこれやで合計30本くらいはあるのに、鉛筆は一本だけでした。
ちなみにその鉛筆はトンボのHBでしたが、それがどうして手許にあるのか、どれだけ考えてみてもわかりませんでした。

それでも、一度思い立ったら無性に鉛筆が使いたくてたまらなくなってきたので、ちょっと鉛筆を買いにいってきました。
だいたい、鉛筆はなんとか一本出てきても、鉛筆削りがなかったですし。
そして、どうせ買うなら、とドイツのメーカーの青い鉛筆を、2Bと4Bと一本ずつ入手しました。
鉛筆削りも、同じメーカーの小型のもので揃えました。
といっても、所詮は鉛筆と鉛筆削りなので、ドイツのものといっても両方合わせて五百円程度でしたが。
もっとも、何も拘らなければ、鉛筆や鉛筆削りなんて、たとえばダイソーでも買えるわけですが、そこは気分の問題です。
単純に、青いドイツの鉛筆は格好よいです。

ついでに、鉛筆のキャップも買ったのですが、そもそも鉛筆人口が少ないのか、非常に選択肢が限られていました。
なんか子供が使いそうなプラスティック製で漫画が描かれていたりキラキラしていたりするものなら、まだ種類があったのですが、大人が使えそうな、シンプルな銀色の鞘のものなんか、選ぶも何も一種類しかありませんでした。
まあ、自分も、こういう機会でもなければ鉛筆キャップを探すことなどなかったでしょうし、たいていの大人にとっては、やはりそれほど必要ないもののような気はします。

それでも、鉛筆って、実際に使ってみると、案外なんか良いです。
カリカリと削っていると、なんとなく落ち着く気がしますし、木と芯の微かな匂いが良い感じです。

とかいいながら、一ヶ月もしないうちに、結局はジェットストリームの4&1に戻っている可能性は高いですが。

June 2, 2009

だいわはうちゅ

かなり今更的な話ではあるのですが、ドラマなどで役所広司さんが出てくると、どんなシリアスな役でも、というかシリアスな役であればあるほど、何かの拍子に「だいわはうちゅ」と言いそうで、もちろん実際には絶対に言うはずがないのですが、変に期待してしまいます。

しかし、「だいわはうちゅ」のCMを考えた人は、どういう思考からあの台詞を捻りだしたのか、感心してしまいます。
語尾の「ス」が「シュ」になるなら、滑舌が悪かったりするとそう発音してしまう可能性もある気がしますが、「チュ」は斬新すぎます。

それにしても、あのCMは妙にインパクトが強いので、自分の中ではすっかり「役所さん=だいわはうちゅの人」になってしまっています。
まるで「北大路欣也さん=ソフトバンクのお父さん犬」のように。

May 23, 2009

コラボ企画

久しぶりに、メインのサイトを更新し、新しいテキストをUPしました。

今回は、「Black Onyx」さんとのコラボ企画というか、管理人の ryonaz さんとメールの遣り取りをしている中で「何か合同企画みたいなものやってみない?」という話になり、「だったら、共通のテーマを決めてそれぞれ書いて、同時にUPしてみるとか?」というアイディアが生まれ、「面白いかも」と意気投合し、実現させたものです。

少し内情的な話をするなら、そういう話が持ち上がったのは昨年の秋頃で、話が決まってから実現するまでに半年以上かかってしまったのですが、こういうパターンで何かを書くのは初めてで、新鮮でした。

ちなみに、予め決まっていたのは『人間家具』という共通のテーマだけで、長さや内容はそれぞれ自由でした。
もちろん、お互いに相手がどんなものを書いていたのかは、全く知りません。

May 20, 2009

XL?

最近ちょっと気になることがあります。
もしかしたら単なる気のせいで、別に以前から特に変わっていないのかもしれませんが、なんとなく、この頃、ユニクロのサイズが、モノによって明らかに小さめのような気がするのです。

日本全国、どこのユニクロでもそうなのかはわからないのですが、よく行く近くの店では、土日限定で特定のアイテムがガツンと安くなることがあり、チラシを見て「欲しいかも」と思うものがあると、部屋着的に着られる千円から二千円程度のものなどを結構買いに行くのですが、たいていサイズが、LやXLでも、どうも小さい気がするのです。

部屋着として着る場合、やはりゆったりとブカブカっぽく着たいので、なるべく大きいものを選ぶようにしているのですが、正直、XLでも大きいとは感じないものがあります。
普通の服なんかはLで充分ゆったりと着られるのですが、ユニクロの場合、XLを選んでも「ほんとにこれでXLか?」という感じのものがあって、「これじゃメタボのおっさんとか全滅じゃないの?」と。

実際、週末に昼過ぎまで寝て夕方に売り場へ行ったりすると、チラシの商品の棚なんか、かなりスカスカになっていたりするのですが、大きいサイズから売れていくのか、XLやLは既に無くMだけが大量に残っていたりして、「やっぱり小さいんじゃないの?」と思うのですが。

May 16, 2009

豚はどこへ行った?

いつからなのかちょっとはっきりしないのですが、いつのまにか「”豚”インフルエンザ」が、とくに理由を説明されることもなくシラっと「”新型”インフルエンザ」にすっかり置き換えられた気がします。

「豚」はどこへ行ったのだ? と。

しかし、これだけ連日、やれ「感染拡大!」だの「水際作戦だ!」だの大騒ぎしているのを見ると、ついつい「なんか裏で別の事をやってんじゃないか?」と疑ってしまいます。
右手を大袈裟に振って見せつつ左手でコッソリと種を仕込むのはマジシャンの常套手段ですし、このインフルエンザ狂想曲が去った時、なんだかわけのわからない重要法案などが知らぬ間にサクッと成立していたりしてそうです。

というか、これだけ大騒ぎはしていても、日本国内でこの新型インフルエンザ絡みで誰かが死ぬことは、まずないと思います。